『弱虫ペダル』

32巻まで読了。チャンピオンで唯一読んでいる漫画でもある。


弱虫ペダル 1 (少年チャンピオン・コミックス)

弱虫ペダル 1 (少年チャンピオン・コミックス)


アキバ通いが趣味の小野田坂道が、ひょんなところから自転車ロードレースの世界に飛び込んで、自らの希有な才能を開花させてインターハイを勝ち抜く……という内容。自転車ロードレースを描いた漫画に外れなし、というのは僕の持論なんだけれども、『弱虫ペダル』は過去の作品と比べても熱量が半端なく、僕も読んでいて何度も心が熱くなった。感動できる漫画として万人に薦められる。


ネットの評価で言えば、小野田坂道がチートすぎるという意見があり、それはまあそうかなと思うけれど、これは、今はもう破棄された少年ジャンプの三大テーマ「努力・友情・勝利」を体現するキャラだから、仕方がないと僕は観る。『弱虫ペダル』という漫画は、チャンピオンで連載されているのが不思議なくらい、少年ジャンプ的な漫画だ。そして、巨大部数を誇り、容易に連載を止めることができない少年ジャンプで、「努力」を描くことができなくなった今にあって、それを成立させた希有なスポーツ漫画だと思う。


「努力・友情・勝利」の中で「友情」と「勝利」は描きやすいが、「努力」は描きにくい。なぜなら、長編化する漫画の中では、「努力」が描かれる特訓場面よりも、試合(バトル)場面を長く描く傾向にあるからだ。かつては短い連載期間で完結していたので、練習と試合のバランスがとれていたが、試合が長くなればなるほど努力は埋没してしまう。試合最中での主人公の成長は「努力」よりも「才能」による。努力は試合の前に積むものであり、普通、スポーツの最中で努力することはない。


しかし、自転車ロードレースは「自転車のペダルをこぐ」という描写によって、試合の最中でも努力している姿を描くことができる。ここが、他のスポーツ漫画との最大の違いだ。必死にペダルを回す小野田坂道の姿は、まさしく努力している姿そのものであり、さらに登り坂で微笑むことは「努力を苦としない」ことが小野田坂道の天才性であることを示している。『弱虫ペダル』は32巻にして小野田坂道が高校二年生になるというペースの長編スポーツ漫画であるが、小野田坂道や主要キャラクターの「ペダルをこぐ」という努力によって勝敗が決まるという、少年漫画の王道が維持できている。


また、自転車ロードレースの特徴として、チーム戦であるということも見逃せない。もちろん、これは「友情」を描くことに適している題材ということだ。マラソンは基本的に最初から最後まで一人で走るが、自転車ロードレースではチームで助け合う(引っ張る)ことが、最終的な勝利に繋がる。インターハイ二日目に、田所先輩を小野田坂道が引っ張るという展開があるが、「6人揃ったチームが試合を制す」というロジックと、友情展開の相性の良さに、感動しない読者はいないはず。


そして、最後の「勝利」は言わずもがなだろう。ロードレースという己の限界を極める「努力」の果てに、「勝利」と「敗北」が厳然と分けられる。だからこそ、勝利の尊さが光り輝く。『弱虫ペダル』の魅力は、長編漫画でありながら「努力・友情・勝利」を維持できているのは、自転車ロードレースというスポーツの特異性にある。さらに言えば、長距離のレースであるため、多くのキャラクターに見せ場を作ることができる。ロードレースのスポーツとしての奥深さも漫画向きだ。


物語は、同じく自転車ロードレースを描いた『かもめ☆チャンス』に比べても、かなり荒唐無稽。さすがに小野田坂道の百人抜きや、インターハイのトップリザルトや、御堂筋の存在は現実にはありえないと思うけれども、そこが少年漫画的であるとも言える。全力でペダルをこぐキャラ顔面が、どんどん崩壊していくのは『茄子 アンダルシアの夏』の影響があると思った。絵はかなり荒削りなんだけれども、その荒削りさがレース場面では活きてくる。登場人物が超人的でも、チームプレイを重視しているのはロードレースの描写としても正しい。


小野田坂道のオタクという設定も好きすぎる。ヒメヒメ言ってるときが一番あがるんだよね〜。小野田坂道が二年生になって、一年生を率いる立場になって先輩のあり方に悩むというのは、これまでのスポーツ漫画にはあまりなかった描写のような気がする。文系主人公というのが、まず珍しいわけで。こういうところも、読者の共感を呼びやすいところだと思う。


【気になるところ】
ヒロイン……『弱虫ペダル』のヒロインは真波山岳だろ! というのは、その通りなんだけれど、スポーツ漫画で周辺の女性キャラを活かすのって意外に難しいと感じた。一応、ヒロイン的な位置に寒咲さんがいるのだけれど、最新刊の巻頭を観てみると、名前すら紹介されていない。どうしても女性キャラは見守りキャラになってしまうよね。でも、寒咲さんの見守りエピソードがなくて、委員長の見守りエピソードが結構感動的というのは、ちょっとキャラ的に不憫だなぁと。


家族……家族がそれなりに描かれているのは、小野田坂道、御堂筋の2名だけ。しかも、小野田坂道も父親は描かれないし、御堂筋は母親はすでに死んでしまっている(そして父親は描かれない)。『弱虫ペダル』における「家族」とは、チームのことなのでそれは仕方がないのかも。今泉なんかは、最初は金持ち設定があったと思うのだけれど、その後の展開に活かされていないし。チーム総北は、父親の金城、頼れる兄貴の田所、母親の巻島、三兄弟の1年生という家族構成がしっかりしていたけれど、小野田坂道が2年生にあって「擬似家族構成」がどう変わるかも見所だと思う。


指導者……総北のイタリア人監督って、あれはなにをしているのだろう? という疑問よりも、他のチームも監督がほぼ描かれないことのほうが気になる。これはスポーツ漫画としては、かなり珍しいことのように思う。御堂筋なんか監督がいると描きづらいというのはあるだろうけれど、箱根学園とかは名伯楽的な監督がトップにいて、ストーリーに絡んでもおかしくないのに。一つ思うのは、「疑似家族」的なチームにおいて、総北には金城、箱根学園には福富という父親キャラがいるので、監督という父性が入る余地がなかったのかも。監督が今後フューチャーされるかどうかは、チームの父性のありかたによる。