『きららの仕事』

漫画としてはドラマにもなったし、有名な部類に入ると思うのだけれど、実際に読んでみると
「なんじゃこりゃ?」
と驚く強烈さがある。


きららの仕事 1 (ジャンプコミックス デラックス)

きららの仕事 1 (ジャンプコミックス デラックス)


銀座の老舗寿司店の娘であるきららが、倒産寸前の店を建て直そうと奮闘しつつ、様々な寿司職人たちとのバトルを繰り広げる……という漫画。あらすじだけを考えると、普通の寿司漫画と変わらないけれども、「突き抜けた」漫画の突き抜けた瞬間を観ることのできる希有な作品だと思う。


この漫画を読めば誰でも気付くのだけれども、きららが主人公でいられるのは、実は九州編までだったりする。で、かわりに坂巻慶太というキャラ(漢)がすべてを持っていってしまった。初登場時では、九州の回転寿司チェーン店を経営している、いけ好かない敏腕経営者だったのが、いつのまにかマッチョな肉体を披露するのがお約束の無敵キャラに変貌。



たぶん、この坂巻が銀座で「辻斬り(寿司屋に乗り込んで、難癖を付けたあげくに、技の違いを見せつけて土下座させる)」するこのシーン! ここで意味もなく脱ぎだした瞬間が、漫画として「突き抜けた」ときだと思う。それまでは、きららの仕事についての真摯さや、寿司屋の価格帯の話(超高級と回転寿司しか生き残れないとか)、それに弱者が強者に戦いを挑む話だったのが、一気に強者が障害を蹴散らしていく話に変わっていった。たぶん、「スシバトル21」をする前の路線に行き詰まりを感じていたのだろうなぁと思う。


で、その路線を強引に引っ張っていくキャラを、坂巻が背負うことになった。坂巻と彼の周辺だけ、洗練された都会的な浦沢直樹キャラに対して、野趣あふれる任侠的な漫画ゴラクキャラになっている。このパワーの落差が、漫画そのものを変質させる面白さがある。こういう漫画のセオリー的には、どこで負けてもおかしくないキャラなのに、結局「スシバトル21」を優勝してしまうんだよね。展開的には神原朱雀に負けると思ったんだけれど、たぶん作者は坂巻を描くのが楽しいんだろうな〜ということがヒシヒシと伝わってくる。で、任侠がクローズアップされるほどに、銀座の寿司業界の話はどっかにいってしまう。外資系が目論む銀座の地上げの話や、高すぎる寿司を価格破壊するという「革命」の話もどっかに行ってしまうし、さらにはスピンオフの漫画まで出るという始末に終えないキャラにまでなるというオマケ付き。


本来は、浦沢直樹門下生だった橋本孤蔵の、オーソドックスな寿司漫画だった(でも、いきなり主人公のきららが銀座の名店で「辻斬り」してるんだよね。それはどうかと)のが、いつのまにかリアクション芸と坂巻のラオウ化によってあっちのほうに行ってしまった。きららにも女性主人公としての華があるとは思うものの、やっぱり全力でバカをしてくる漫画ゴラク的な「」たちを前には薄味になってしまうのは仕方ない。でも、こういう「突き抜けた」ところがあるかないかによって、漫画の価値が大きく変わると思う。


石塔返しとか、本手返しとか、バトル漫画特有の必殺技(握り)があったり、武器を見せるように魚を披露したり、審査員のリアクションがどんどんバカになったり……と、とにかく見所が多い。寿司職人のテンションも上がりまくるし。『きららの仕事』の世界では、とにかく寿司職人は血の気が多くて、勝った負けたの勝負が大好きな人種として描かれる。老舗寿司屋の保守的な人たちもちょろっと出てくるけれども、特に話も広がらない(というか、勝負にならない)し。さらには、「スシバトル21」とか「ワールドスシバトル」とか、ど外道の父親が登場したり、外国の天才シェフが戦いに名乗りをあげるなど、とんでもない展開が続く。


料理漫画的には、どうしても素材勝負になりがちな寿司という題材を、「江戸前寿司は仕事をして魚を美味しくする」という概念を持ち込んだことによって面白みが増したと思う。一工夫することによって、程度の低いネタでもこんなに美味しく! という見せ方は良かった。でも、それによって蘊蓄バトルの要素も出てくるのだけれど、実際、なぜ上手いかの説明シーンは後半読み飛ばしていました。強烈キャラの1人である神原朱雀のセリフ「これはどっちの鮨が旨いのか決める勝負だろうが!」が、今作の強烈な自己ツッコミにもなっている。


でも、こういうオーバーリアクションを成立させるのが漫画の奥深さだと思う。他では、なかなかできない表現だよね。でも、さすがに寿司世界大会はこの漫画の突き抜けたリアリティを前にしても、太刀打ちできなかったなぁと。世界大会をする必要があるのか? というもっともな疑問があるしね。