『ONE OUTS』

ONE OUTS 20 (ヤングジャンプコミックス)

ONE OUTS 20 (ヤングジャンプコミックス)

沖縄で賭け野球のエースだった男が、万年最下位のチームを蘇らせ、旧態依然とした野球界に波乱を起こす。今でこそ、スポーツで戦略・戦術やトリックを競うマンガは沢山あるけれども、その嚆矢となった作品であることは間違いないと思う。企画では「野球版のアカギ」ということでスタートした作品らしい。ギャンブルとスポーツは一般的な感覚では違うものではあるが、本質的には同じものとして「勝負」にとことん拘った物語は観ていて非常に面白い。


この漫画が登場するまでのスポーツ漫画は、そのスポーツの枠内での強弱を競うものだったけれども、この漫画辺りから「そのスポーツの本質と勝負」を問うものが出始めている。長らくスポーツ漫画というのは青少年の成長を追体験させるためのもので、必然的にアマチュアスポーツ(甲子園や、学生のスポーツ大会)がその本流だったけれども、読者の高年齢化によって、プロという厳しい世界で勝利するための方法という、大人のニーズに合ったスポーツ漫画の文脈が、この頃に整理されていったのだと思う。


例えば『キャプテン翼』の大空翼はサッカーの天才だし、『SLAM DUNK』の桜木花道でさえ素人でありながらバスケットに活かせる才能の持ち主として描かれる。アマチュアスポーツには金が絡まない(という建前)ので、スポーツそのものの面白さ、そして個人とチームの奮闘を描くしかないという制約もある。それがプロスポーツの世界になると、いきなり金が、それもとんでもない金額が飛び交う現場になるわけで、それによってなにをもって勝利とするのかの意味合いも変わってくる。今作の場合はワンナウツ契約(アウト1個500万円)によっていかに大金を稼ぐか、そしてそれをテコに、いかに弱小球団が勝ち上がっていくかが描かれている。


この変則的なルールの導入と、プロ野球の規則、そして主人公の渡久地東亜の特殊性が組み合わさると、美しいスポーツの世界が血で血を洗う勝負の世界になる。序盤のマリナーズとの反則合戦や、ブルーマーズのイカサマ野球など、野球漫画ではこれまでありえなかった展開がどんどん出てきて、それにことごとく勝利する渡久地東亜は、なるほど「野球版のアカギ」だなぁと。


ただ、それでも今作が「自チームの強みや、ルールや敵の心理の盲点を突いて勝利する」ことを貫いているかと言うと、渡久地東亜という絶対的な強者がいるので、どうしても話の展開を横に拡げるしかなかったのだろうなぁと思う部分もある。具体的に言えば、中盤からの新ワンナウツ契約と、終盤の渡久地東亜のオーナー就任。この二つの路線の微修正によって、スポーツそのものの新しい面白さを追求するところから、スポーツ漫画の従来の面白さを盛り込んだり、スポーツの限界を乗り越える話になっている。この微修正を僕は楽しく読めたのだけれど、人によっては正反対の反応になってしまうかもしれない。


漫画史的な位置づけで言えば『ONE OUTS』の登場によって、スポーツ漫画の枠組みが劇的に広がったと思う。一言で言えば「勝負の本質を問う」系スポーツ漫画の登場。自チームの強みを活かし、敵チームの盲点を突いた戦略や戦術で勝つというスポーツの描き方は、『GIANT KILLING』に受け継がれているし、「選手生活を長く続けて高い年俸を得ることこそが、プロスポーツの勝負」という観点から『グラゼニ』が生まれた。『アカギ』という麻雀漫画が、スポーツ漫画に多大な影響を与えて、この系統が広く親しまれるようになったというのは、非常に面白いところだと思う。


あと、「勝負の本質を問う」系スポーツ漫画について、ちょっと変わったところでは『ドラゴン桜』もこの系譜に入るのではないかと思う。『ドラゴン桜』の場合は、「受験勉強のルールに精通し、勝負の本質を問う」という物語になっていて、やっていることは勉強なんだけれども、実際はスポーツとの違いはほとんどない。この辺りは、作者の三田紀房が野球漫画を幾つか手掛けていて、おそらく『ONE OUTS』の構造をかなり研究したのではないかと思うんだよね。現在連載中の『砂の栄冠』では、アマチュアスポーツの究極である甲子園で、勝負の本質を問う話になっているし。