『キャプテン・ハーロック』

映画館で鑑賞。


【ストーリー】
遠い未来、人類の統治機構「ガイア・サンクション」に敵対している宇宙海賊キャプテン・ハーロックを暗殺するため、一人の青年がアルカディア号に潜入するが、ハーロックに感化されてガイア・サンクションと対決する。


【見所】
フルCGは良かったと思う。
ファイナル・ファンタジーっぽくて。


【感想】
観たのはかなり前なんだけれども、一般公開されたので感想を書きます!


僕個人は松本零士的な世界観についての知識はそんなにないし、今からしてみればいかにも古臭い部分も多々あるわけだけれども、一世を風靡した作品群のリメイクは、宇宙戦艦ヤマトをはじめとして定期的にされているのを観ると、松本零士作品の魅力というか、いかに広範なファンを獲得したかということは分かっているつもり。その中でも、キャプテン・ハーロックは、「男の中の男」像として、世に出た頃にアニメ好き漫画好きだった男子のハートをガッチリキャッチした、キャラだったと思う。というのは、島本和彦による『アオイホノオ』という漫画を読むと、だいたい把握できる。それまでは女子供が観るようなものだったアニメを、大人が観ても鑑賞に堪えられるものにした松本零士と、アニメスタッフらの功績は巨大なものがある。


で、松本零士原作のキャプテン・ハーロックのリブート版というのが今作に当たる。キャプテン・ハーロック自体、『銀河鉄道999』などの松本零士ユニバースの一部であるのだけれども、結局の所、完結という完結はされていない状態であるので、ハーロックというキャラクターとイメージを借りて、新しく語り直すというのは面白い試みでないかと思う。誰もストーリーなんて覚えていないだろうし。それに、人気が高い欧州市場などを考えると、ハーロックという題材で一本映画を作るというのは、『ガッチャマン』ほどには無謀な試みではない。今回、フルCGで映画を作ったというのも、日本の実写映画で良くある「安っぽい、しょうもない」感を払拭するための方策としては、積極的に賛成できるし、予算規模も考えれば頑張っている部分が良く分かる作品だと思う。


監督は荒牧伸志。現在のところ、フルCGで映画を作らせれば、日本ではこの人が第一人者ではないかなぁと思う。メカニックデザインやコンセプトデザインなどを様々な作品で手掛けてもいるし、「SFが分かっている」感については一定の評価がある。今作の場合、ハーロックの格好良さ、艦隊戦などの描写は、かなり血湧き肉躍るという感じで、フルCG映画ならではの破天荒さがあったと思う。あまりにキャラクターやビジュアルがファイナル・ファンタジーっぽくて笑える、という感じもあるけれども、僕はそこは評価したいところなんだよねぇ、逆に。日本のフルCG映画が進むべき方向性としての、ファイナル・ファンタジー路線は間違っていないと思うから。


脚本は福井晴敏で、『亡国のイージス』などの戦争モノの小説などで高い評価を受けている。僕は、正直な話、脚本に福井晴敏を起用したのは失敗だったと思う。というか、小説家として評価の高い小説を書ける人間が、脚本家として評価の高い脚本を書けるかというと、それはまた別の話だと思う。フィルモグラフィーを観てみると、脚本としての仕事はこれがはじめてっぽいんだよね。で、映画脚本には映画脚本のメソッドがあるわけで、これを無視してしまうと今作のようなものになる、というのが良く分かる。つまり、端的に言えば非常に飲み込みづらい。


ハーロックアルカディア号は、ダークマターという未知のエネルギーによって不死不滅の存在になっているとか、ガイア・サンクションが地球を聖域としている理由などは、おそらく小説であれば、説得力ある理由付けができるのだとは思うのだけれど、2時間の映画でこれを語るには、かなり脚本的にはテクニックと効率を重視したものにしないといけないはず。でも、映画を観る限りでは、ほとんどその努力が感じられないんだよね。台詞で状況説明はしているんだけれど、だからなのか終盤以降のガイア・サンクションとの正面対決では「こいつら、なんのために戦争してるんだ?」という疑問が頭から離れなかった。


僕の理解では、ハーロック側は「己の罪を償うために、荒廃した地球を元に戻す」という目的があり、ガイア・サンクションには「人類の希望を守るために、荒廃した地球を隠し通す」という目的があって、両者は対立しているということになっているのだけれども、これって別に対立するようなことではないような気がする。仮に、百歩譲って対立が生じる(ハーロック側は時間を戻そうとしているわけだから、ガイア・サンクションの既得権もなくなってしまうというのは考えられる)にしても、終盤になると、ハーロック側の目的が変わってしまい、さらにガイア・サンクションも「こうなったら地球ごとアルカディア号を吹っ飛ばしてしまえ」みたいな超兵器を繰り出してくるので、何が何だかな感じがさらに強くなってしまうんだよね。もうちょっと、ここは単純な対立図式で良かったのではないかと。


というか、ストーリーが本当に飲み込みづらかった。特に、ヤマがイソラとナミにあんなことをしたり、ハーロックが地球にあんなことをしたりと、よくよく考えてみると「全部お前らが原因じゃねーか!」と怒りたくなるようなことで戦争しているんだよね。ガイア・サンクションのとばっちり具合が酷い。映像観る限りでは、ガイア・サンクションって政治的にはまあまあ統治している感じがあって、そこまで敵対する必要があるのだろうか、と思ってしまった。それに輪を掛けて、今回のハーロックがカッコイイだけでなに考えているのか分からないキャラなので、僕なんかは映画を観ていて「こいつの大義って何なんだよ」と憤慨しそうになる。


でも、この映画を観ていて一番感じたのは、「作り手が本当に作りたいのは『銀河英雄伝説』なんだなぁ」ということに尽きる。ガイア・サンクションのトールハンマーみたいなやつといい、艦隊戦のレーザーの出方と言い、白兵戦で斧(!)を振るうところと言い、ハーロック的な要素よりも銀河英雄伝説的な要素のほうを強く感じた。『銀河英雄伝説』を三部作で作りたいから、それのサンプル作品として今作を作ったのかなぁというのは邪推だろうけれど。


あと、ケイのシャワーシーンは、あまりの露骨さに
「お客さん! サービスシーンですよー!」
と耳元で叫ばれている感じがあって、思わず失笑してしまったね。