『創造力なき日本』

アートの勉強をしたくて購入。作者は村上隆さん。



おそらく、現在、世界で一番売れている日本人現代美術家である村上隆さんの、「アーティストとして生きるとはどういうことか?」ということを論じた本。アーティストに限らず、一般社会人にとっても重要なことが沢山書かれているけれども、ポイントは「アーティストは賤業である」ということと、「アーティストはコミュ力(セルフプロデュース力)が重要」のこの2点。これって、普通の仕事についても言えることだけれど、「天才が霊感を得て超世の傑作を世に出す」という世間一般のイメージからは正反対の、泥臭く、仕事としてアートに従事するとはどういうことか、ということを開けっぴろげに語っている。


村上隆さんという人は、アニメの世界観をカリカチュアした作品で大金を儲けて、とかくネットなどでは叩かれがちだけれども、自称クリエイターがそれをしたとしてもできないのは明白である。そこにどんな秘密があるのだろう? とは常々思っていた。面白いと思ったのは、現代アートという「なんでもあり」な世界においても、売れる売れないには理由がちゃんとあり、そして世界的なルールに乗れる者だけがアーティストとして大成できる……という身も蓋もない構造。死後の評価までを視野に入れた、芸術活動の戦略性を、ちゃんと語れるのは、世界で活躍している人間ならではのリアリズムとロマンがあるからだ。


ただ、村上隆さんのようにちゃんと戦略を立ててキャリアを積み重ねる芸術家もいる一方で、飛び道具のような天才性でぽーんと世に出てしまう芸術家もいる。さらに言えば、生前はまったく知られていなかったのが、死後に評価される芸術家もいる。芸術という山の頂上に行く方法は一つではない、ということを理解した上で、自分に一番適した上りかたを考えるのは、別に変なことではないと思う。特に、芸術家として収入を得ようとする場合には。また、スポンサーに対する気配りを重視したり、現代アートの構造解説(市場に力を持つアドバイザーの存在)など、ルール解説が非常に面白かった。


イギリスの現代アート作家であるバンクシードキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』では、村上隆さんの語る内容から先の、現代アートの詐欺的な側面まで明らかにした作品だけれども、これもまた「なぜ売れるのか?」を理解したときに、文脈という重要性に気付かされた。技巧によって評価される時代は終わり、芸術家の語るストーリーに乗れるか乗れないかで、大金が動く。あの映画のラスト近くで、主人公の成功を、他の芸術家が苦々しく思うところの言葉「スタイルを確立するのに苦労するのに……」というのは、現代アートの芸術家にとっての芸術とはなにかを端的に意味していると思う。


イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ [DVD]

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巻末にはニコニコ動画川上量生さんとの対談が収録。プロの芸術家と、アマのクリエイターに場を提供するパトロンの、意識の共通点と差違は面白かった。ニコニコ動画って、現在に至るまでに何百億って資金が投入されているのか! という驚きと、何億という赤字を出してもイベントをする感覚は、そういう世界があると知っていて損はないと思う。村上隆さんの経験談でも依頼主に「予算はフリーで!」と言われて出した案が、しょぼくてボツになったという例もあるし。芸術に金を出そうという人間には、庶民には計り知れない力学が働いているのだなぁと思った。


その上で、社会的に生きることを説く村上隆さんの姿勢に感銘を受けた。アートに限定せずとも、重要な示唆に富んだ本だと思う。