『メインストリーム 文化とメディアの世界戦争』

これで殴れば人が死ぬくらいのボリュームなので、(上)と(下)に分けて書評を書きます。


今、「クールジャパン戦略」という政府の政策が注目を浴びている。文化を世界と戦える「商品」として育成していこうというのが目的で、そのための有識者会議で方向性を協議している。その是非については置いておくとして、文化の輸出に注力するというのは、明治の文明開花期以来のことじゃないかと思う。僕は基本的にこの「クールジャパン戦略」は間違っていないと思うし、遅かったと言ってもいいくらいだと思う。


というと、例えばアニメとかが顕著なんだけれど「日本のアニメ産業が隆盛したのは、国からの補助がなかったから」という歴史背景から、やっても無駄みたいな意見や、特に旧左翼的な市民団体による他にやることがあるだろ的な意見が出てくる。まあ、国内成長が右肩上がりだった頃は、日本人の消費を満足させることでコンテンツ産業の人間が食べられていたので、とくに外国に目を向ける必要はなかったのかもしれないけれども、今やグローバル化とインターネットの発展で、よほどでないと食えない時代になってしまった。なので、より大きなパイを求めて外に出るという動きは「生きるか死ぬか」の問題と同じであるように思える。


メインストリーム――文化とメディアの世界戦争

メインストリーム――文化とメディアの世界戦争


【感想】
クールジャパン戦略の相手はハートマン軍曹だった!
という感じ。勝てるの? これに。


この本は、アメリカ文化帝国主義の世界戦略と、他の国々の文化戦略を俯瞰している。ハリウッド、ディズニー、ソニー、MTV、オプラ・ウィンフリーアルジャジーラボリウッド……などなど、とにかく世界中のコンテンツ産業のプレイヤー(1000人以上!)にインタビューをして、この文化の世界大戦の戦況を解説している。ちなみに著者はフランス人であることにも注目したい。


大きく2部構成で、1部がアメリカの文化世界戦略、2部が挑戦者としての世界各国の文化戦略だ。強大なアメリカのメインストリーム戦略(誰もが楽しめるコンテンツを世界中に流通させる)によって、世界は「自国の文化」と「アメリカの文化」の2つしかない状況に置かれている。日本で考えても、日本文化とアメリカ文化が市場的には拮抗していて、韓流は勢いがあったけれども、そこまでシェアを獲得していない。ましてや、他アジア諸国やアフリカ諸国の文化コンテンツなどは、かなり限定されたものになっている。


そういう「自国」と「アメリカ」しかない二極化を打ち崩す武器として、インターネットは無視できないものになっている。ただ、この本の語るところでは、インターネットは深刻な脅威だが、まだアメリカ文化帝国主義が危機を迎えるほどにはなっていない。iTunesが音楽業界を牛耳っても、それはアメリカ国内産業の競争激化の話であって、世界戦略的には歩兵が騎兵になる程度のものと言える。むしろ、インターネットを使った情報戦略は、アメリカによって開発発信されることを考えると、二極化は今後さらに推し進められる可能性が高い。


『メインストリーム』の前半では、アメリカの文化世界戦略(これは政府が推進しているというよりも、ハリウッドの映画産業や音楽業界が推進している)が描かれている。いきなり第一章でMPAAというハリウッドのロビー団体の話が出てきて、これだけでお腹いっぱいになる。ハリウッド映画を世界中で展開するために、あらゆる政治的な手段を使って優位な状況を作り出そうとする団体。例えば中南米で独裁者相手にハリウッド映画を売り込むなんてお茶の子さいさいな彼らを観ると、世界を相手にビジネスをするというのは、例えそれが映画のような文化であっても形振り構っていられないのだなぁと思った。


ハリウッド映画がアメリカの政治を動かす背景には、映画がトウモロコシ農業を発展させたことがあるらしい。確かに、ポップコーンはもちろん、清涼飲料水にもトウモロコシを減量にした甘味料が使われている。で、農業は政治に対して影響力を及ぼすから、当然、ハリウッド映画も政治的なパワーを持ち得た。この視点は結構新鮮だった。アメリカのコンテンツ産業のキープレイヤーが、観客や仕事上の商売相手のことを「愛している」としきりに言うのも印象的。愛しているから、観客が観たがっているブロックバスター映画に広告費を惜しげもなく投入するのにも躊躇わないし、エージェントが俳優の出演料をつり上げても問題ない。全ては愛のために。彼らのメインストリームを生み出す理論武装に、この「愛する」という考え方はピッタリだと思った。


「等しく大衆を満足させる=売れる」作品こそが価値あるもの、というメインストリームの思想がアメリカの主流になったのは、高尚な文化と低級な文化を区別していた旧左翼から、文化をフラットに捉える新左翼へと言論が移り変わっていったことが背景にあるというのは考えさせられた。その上で、「売れる=良いもの」という価値観が、実際にメインストリーム文化が世界制覇していく中で、強固なものに変わっていく。その社会変化は、都市から郊外へ、そして準郊外といったライフスタイルの変化にも関係している。これは日本でも同じだよなぁと感じた。


前半だけでもとんでもない内容。そして、後半ではこの文化帝国に挑戦する世界各国の取り組みが描かれる。