『闇の国々』

仕事上、読んだほうがいいかな〜と思って読んだ。

闇の国々 (ShoPro Books)

闇の国々 (ShoPro Books)


【1】
作者はブノワ・ペータース 、フランソワ・スクイテンという二人組。ペーターズが物語を、スクイテンが画を担当している。日本では知名度はあまりないけれども、バンドデシネの世界ではあのメビウスエンキ・ビラルと並び称される巨匠だという。最近、来日したのが話題になったし、ようやく翻訳が出版された『闇の国々』が、ガイマン賞(翻訳マンガの賞)の1位に輝き、さらに文化庁メディア芸術祭の漫画部門の大賞に選ばれるなど、「満を持して」という言葉がこれほど似合う作品も他にないだろう。僕たちが住む世界とは次元が違うものの、紙一重の世界「闇の国々」 での奇妙な出来事をオムニバスで綴ったもの。


【2】
画を見て分かるように、僕達が「バンドデシネ」と聴いて思い浮かべるような、違う文化の発想によるSFという趣が濃厚な作品。三つの物語で構成されていて、1つ目は計画都市に出現した謎の立方体に翻弄される人々を描いた『狂騒のユルビカンド』、2つ目は巨大な塔に住んでいた男が冒険の旅に出る『塔』、3つ目は謎の現象によって身体が傾いてしまった少女の天文学的な旅を描いた『傾いた少女』。そのどれもが、圧倒的なスケールの物語と細密な画によって、一読しただけでは全体を掴みきれないボリュームを持っている。「何だか分からないけれども凄い!」というのが僕のとりあえずの感想。


世界を創作するというのは、こういうレベルのことを言うのか、という頂点を垣間見たような気がする。3作品のどれにも通じることだけれど、物語の根底に哲学を感じるから。不可解な現象や出来事に右往左往する人々を、漫画という顕微鏡を通じて観ているような、そんな気持ちにさせられると思う。小説で言えばテッド・チャン的とでも言うのか、そう言えば、テッド・チャンの『バビロンの塔』とこの本の『塔』は似ている部分が結構あると思う。舞台こそ、古代と文明が衰退した未来の話だけれど。こういう漫画を作る労力というのは、どれくらいのものなのだろうと想像すると、気が遠くなるほどだ。


漫画の技法的にも度肝を抜くような仕掛けが多くあり、『塔』のモノクロとカラーの使い分け、『傾いた少女』の写真と漫画の融合など、日本の漫画では(コスト的にも労力的にも)割が合わない手法がこれでもかとばかりに注ぎ込まれている。しかも、それがさりげない飾りか、もしくはフランス的なエスプリの効いたオシャレ趣向と思わせておいて、どんどん物語の世界観の根底に関わってくるものだと気付くあたりで、
なんだこりゃ!!
と思うこと必至の驚きを与えてくれる。また、いきなり手紙から入る『狂騒のユルビカンド』は、漫画として読ませることを放棄しているようでもあった。でも、それが面白い。一度違和感を乗り越えると、あとはどんどん『闇の国々』の世界に没入していく。


【3】
この本は、というよりも翻訳マンガの宿命として、目が飛び出るほど高価というのがあるし、そもそも売っている本屋も希少ではないかと思う。正直な話、これを4200円出して買うかと言われると、仕事じゃなければ手が出なかった。でも、ガイマン賞の1位を獲得し、文化庁メディア芸術祭の漫画部門の大賞にも選ばれたわけで、買って読むだけの価値は十二分にある。半端じゃないイマジネーションの本流に、良いように弄ばれるという感じを久々に味わうことができた。そして、読む方法が買う以外にないわけでもなくて、例えば北九州市漫画ミュージアムではガイマン賞の特集として、他の翻訳漫画と一緒に読むことができるらしい。地域の図書館などで、もしかしたら置いてあるところもあるかもしれない。


読むチャンスがあるなら、ぜひ読むべき本であると思う。損はしない。そしてどんなに身構えていても、圧倒されてしまうはずだ。