『ブラック・スワン』

スカパーで鑑賞。



【ストーリー】
プリマに選ばれた女が、白鳥の湖の役を演じることに苦しみながら、精神を病んでいく。



【見所】
ダーレン・アロノフスキって狂気の描き方が抜群に上手い。
そして、心震わせるラストのバレエ。


【感想】
プリマドンナになった女が、白鳥の湖の白鳥と黒鳥を演じることになって、その二面性を演じることに悩みながら、どんどん頭が狂っていく……という物語。芸術と狂気を描いた作品は多々あるけれども、その中でも突出した完成度があるように感じられた。もはや、サイコホラーと言ってもいいくらいの出来。主役のナタリー・ポートマンはこの演技でアカデミー賞の主演女優賞を受賞した。それも納得の、「鬼気迫る」という表現がぴったりな演技だった。


監督はダーレン・アロノフスキ。僕はこの人の映画は、『π』と『レスラー』を鑑賞したことがあるけれども、『レクイエム・フォー・ドリーム』は観ていない。誰もが思うのは、拘泥するもののために身を滅ぼすという物語を、一貫して撮影してきた人だということ。『レスラー』はプロレス幻想に殉じる男の物語だし、『ブラック・スワン』ではバレエの栄光を夢見る女の物語で、そういう拘泥や執着の帰結としての狂気を描かせると本当に上手い。


物語は物凄く単純な構造になっていて、色んな過去作を連想させる作りになっている。宇多丸師匠の『ブラック・スワン』評を聞いても、単純な構造の映画だということは明らかなんだけれど、それをストーリーテリングで一級のものに仕上げている。「プリマドンナが狂う」という、一言で語ることができるストーリーでも、観ている者の心を動揺させるものになった。


強迫神経症的な描写が延々と続くのは、本当に見ていて苦しくなってくるが、この追い詰められていく様子をエンターテイメントに仕上げるあたり、監督のサドっぽさが出ていると思う。この物語で、主人公のニナは状況的にも物理的にも追い詰められるわけでなく、心の傾きによって追い詰められてしまうのは凄いなぁと感心してしまった。本当に不安を積み重ねるような演出が上手い。ゆらゆら揺れるカメラワークや、露骨なホラー演出も良かったし、母娘の『キャリー』っぽい関係性も良かった。


主役のニナを演じたのはナタリー・ポートマン。狂気の淵に落ちる演技もすごかったけれども、ちゃんとバレリーナとしての体技をしている(代役でやってる部分もあるだろうけれど)し、オナニーやレズシーンまで見せる大サービスぶり。ここまでやればアカデミー賞の主演女優賞も納得だと思う。ニナは最初から精神が不安定な女で、抑圧された精神が壁になっている状態で登場するが、そこからどんどん精神を病んで、真実と虚像の境がどんどん意味をなさなくなる。その状態で幕を上げる白鳥の湖は、バレエ地獄変としか言いようがなかった。


痛い映像のシーンも良かった。背中の引っ掻き傷や、爪が割れるシーン、お腹の中に埋まっているガラス片を抜くシーン、なによりも逆剥けが上までいってしまうシーンが最高。僕は逆剥けができやすいので、あのシーンには本当に目を背けてしまった。狂気の描写についても、すべてが主観的に展開していくので狂った描写のオンパレードで、そのどきつさ含めて面白い。ついには肉体がブラックスワンに変化してしまい、舞台の上で翼が広がるシーンは圧巻だった。ついに狂気が現実を超越して、芸術的な至高に立った瞬間には身震いしてしまう。


あと、ヴァンサン・カッセルを久々に観られて良かった。リリー役のミラ・キュニスも、「憎めない敵役」としてピッタリのはまり役だった。ダーレン・アロノフスキは、役者をキャラクターに同化させていくことが上手い。ナタリー・ポートマンも、この役とオーバーラップする役者のイメージだしね。