『インソムニア』

スカパーで鑑賞。鑑賞するのは、これで2回目。


インソムニア [DVD]

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【ストーリー】
殺人事件の捜査のためにアラスカにやってきた刑事が、自身の証拠捏造疑惑と白夜による不眠症のために、判断力が薄れてしまう。


【見所】
アル・パチーノロビン・ウィリアムズの演技合戦。


【感想】
クリストファー・ノーラン監督作品だということと、この後『ダークナイト』を撮った彼のフィルモグラフィーを考えると、外すことのできない作品だと思う。公開当時はビッグスターの共演だというのに、ストーリーが地味に展開するので、あまり評価が高くなかったけれども、たぶんこの作品でノーランの作風が確立したのではないか。改めて観てみると、『ダークナイト』や『インセプション』に通じる部分がたくさんあった。


元々はノルウェー映画のリメイクらしい。かつての違法捜査で追い詰められている敏腕刑事が、アラスカのなんでもない殺人事件に応援としてやってくるが、そこで白夜による不眠症と、仲間を間違って撃ち殺した罪悪感、殺人犯の心理的な揺さぶりによって、次第に警察としての使命感や倫理が分からなくなってしまうというストーリー。言ってしまえば、凡人しか出てこない『ダークナイト』だ。


ライムスターの宇多丸師匠がノーランを評するときに、「リアルではなく抽象」ということを語ったのだけれど、それは今作に一番端的に現れている。ある立場に立っていた人物が、揺るぎないと思っていた立場の揺らぎに晒されて、なにが真実なのか分からなくなる、というノーランお得意のストーリー展開に、白夜という昼か夜かも分からない気候が拍車を掛ける。仲間を撃ち殺すのも霧の中だし、不眠症の刑事はどんどん職務倫理から外れてしまう。そういう抽象的な絵作りによって、シンプルに話を組み立てていくのが上手い監督だと思う。


主人公を演じているアル・パチーノは、数々の難事件を解決したロス市警の刑事で、現在は違法操作の調査を受けていて、しかも不眠症という難しい役どころを、彼にしかできない演技で好演したと思う。なによりも、過去の刑事役を踏まえた役者の、なにも説明しなくても通じるリアリティがあった。これが別の役者だったら、もう少し説明に手間取るところだ。この役を他に演じられると役者といえば、クリント・イーストウッドくらいか。アル・パチーノのシワのある顔が、不眠症の感じを上手く演出している。


犯人役を演じたロビン・ウィリアムズは、この頃がキャリアの迷走期にあって、コメディ基調の映画から悪人を演じている。小説家でファンの女の子を殴って死なせたという情けない男なんだけれど、意外に身のこなしが素早くて、機転も効くし殴り合いにも強い。でも、演技合戦というほどには絡みもないし、キャラクターがヘタれなので、美味しい場面もあまりないのが残念だった。この年には『ストーカー』とかのサイコっぽい役を他にも演じていたけれども、肌に合わないと思ったのか、元の優しいおじさんキャラに戻っている。


映画はビッグスターが共演していて、しかもノーラン得意の気の利いた演出もたくさんあるのだけれども、やっぱり話自体が地味なのが一番の問題点だったと思う。この筋だてなら、誰だって『ツイン・ピークス』みたいな話を期待するだろうし、ノーランの作風もド派手なバジェットと資格効果を用いた作品こそ活きるのは、この後の作品を観ての通りだ。でも、ノーランの作風を確立させた映画として、外すことのできない一作だと思う。