『悪の法則』

映画館で鑑賞。パンフレットも購入。パンフレットは解説がいっぱいあって、買う価値はあると思う。



【ストーリー】
順風な人生を歩んでいた弁護士が、欲に駆られて麻薬取引に絡んだら、それが失敗してしまって地獄を見る。


【見所】
メキシコって超怖いね!
悪いことはしないが一番。
あと、カー(と)セックス。


【感想】
90点!


ノーカントリー』の原作者ということで、日本でもその名を知られるようになった小説家コーマック・マッカーシーが、脚本を書いてハリウッドに売り込みかけてできた映画らしい。監督はリドリー・スコットリドリー・スコットは本当に仕事一筋になったという印象。俳優は、主役のマイケル・ファスベンダーや、ハビエル・バルデムブラッド・ピットペネロペ・クルスキャメロン・ディアスなど、普通の映画だったら主役を張れる役者がどんどん出てくる。ブルーノ・ガンツとかもいたし。


それだけ、コーマック・マッカーシー脚本作品というブランドが高い証拠だと思う。日本で言えば三谷幸喜の『清洲会議』みたいな感じか。でも、コーマック・マッカーシーって、本当に胸糞悪い小説を書く人だと思う。日本で言えば、団鬼六だ。暴力、殺人、レイプ、弱肉強食が主題で、容易に正義が勝利する物語にはせず、自然の摂理に適った「狼は生きろ、豚は死ね」型のビターな作風の持ち主だ。しかも、アメリカを代表する純文学の小説家というのだから畏れ入る。


『悪の法則』もかなりビターな味わいの映画で、何の不自由もなく幸福の絶頂にいた男が、何気なく手を染めた麻薬取引に失敗して破滅してしまう。ストーリー自体はかなり直球なんだけれども、登場人物たちが小難しいことを延々喋るというのが特徴。この辺りがコーマック・マッカーシーの純文学テイストなんだろうけれども、僕は観ていて「なんか『まどか☆マギカ』っぽいな〜」と思ってしまった。魔法少女の出ないまどか☆マギカというか、魔女に食い殺されるだけのまどか☆マギカというか。


ビジュアルは物凄くセンスがいい。オープニングのタイポグラフもカッコイイし、主人公やライナーたちが生活する空間が、オシャレでセレブで空虚。リドリー・スコットって本当に視覚で物語を作り上げるのが上手いという印象があるけれども、今作でもこの絵作りがあってこその、コーマック・マッカーシーのセリフという感じだった。『ブレードランナー』とかで、韜晦したストーリーを描くのは得意というのもあるだろうし、今回、音楽の使い方がかなり良かった。


ストーリーはまったく単純で、パンフレットには「カウンセラーたちを手玉に取り、思うがままに操る黒幕の正体は、想像を絶する意外な人物だった……」なんて書いているけれども、黒幕自体は観ていて最初の30分くらいで分かる。というか、「意外な黒幕」でビックリさせるような映画ではない。それでもセリフが非常に観念的なので、例えば強奪された麻薬の行方など理解しづらいところは多々ある。「世界」の話とか。でも、何気なく悪に手を染めて、それに巻き込まれて、大切なものも奪われてどうしようもなくなるという基本が分かっていれば、他はどうでもいいのかもしれない。絞殺ワイヤーや殺人映画の話とかが、こう繋がるのか……という上手さもあったし。


俳優はみんな上手かったと思う。マイケル・ファスベンダーは良い役者だと改めて確信した。中心的な俳優以外の、たとえばメキシコの犯罪組織に属する悪人たちのルックも良かった。あの、40歳まで生きられれば御の字みたいな、何十ドルくらいで殺しも請け負うみたいな「蛮族」な感じは凄味があった。『ヒストリエ』で言うところの「文化が違ーう」みたいな、最凶最悪なことでもギャグっぽくやってしまうところがメキシコっぽい。メキシコを題材にした映画は数多くあるけれども、これだけちゃんと麻薬組織の凶暴さを描いた映画もあまりないのではないか。


「世の中、クソだらけ」という身も蓋もない世界観を、「麻薬と死体を運ぶバキュームカー」で表現している。一回観ただけでは、この映画の全貌は分からないと思う。なにも悪いことをしていないのに、主人公に巻き込まれた婚約者が麻薬組織に攫われて、殺されたあげくにゴミ捨て場に遺棄されるという不条理。「弁護士」という職業についているのに、誰も救えない主人公。非情な運命を観ているようで、重いボディーブローを浴びたような後味だった。