『そして父になる』

映画館で鑑賞。パンフレットも購入。



【ストーリー】
病院で子供を取り違えられた父親が、新しい家族を作ることができずに四苦八苦する。


【見所】
抑制された演出。二つの家族の在り方。
台詞上の伏線もいい。
福山雅治リリー・フランキーの演技は絶品だった。


【感想】
80点!


カンヌで審査員賞を受賞したというニュースや、そもそも監督が是枝裕和ということもあったし、ストーリーもこれまで映画館で観た予告編から大まかには掴んでいたので、ボロボロ泣いてしまうかな〜と思っていたけれども、そういう事前に積み重ねられた高いハードルを乗り越えて、やっぱり泣いてしまうという作品だった。僕は、まだ独身で子供ももちろんいないけれども、実際に父親や母親が観たら号泣必至だと思う。


建設会社のエリートサラリーマンで今まで仕事一筋に生きてきた男が、もうすぐ小学生になる息子が実は別の家庭の子供と取り違えられていた、という導入からはじまって、格差のある家庭同士の微妙な距離感や違いと、「育ての子か、産みの子か」を巡る問題が淡々と描かれる。福山雅治は社会的に成功しているけれども、家庭生活は疎かになっていて、子供との付き合い方が分からない男。一方、リリー・フランキーは下町の電気屋を営んでいて、家庭では3人の子供と一緒に遊ぶような男を演じている。普通なら、めったに関わらないだろう二組の家族が、病院の失態(これもちょっとドラマがあるのだけれど)によって密接な繋がりを持つようになる。


映画の企画はパンフレットによると、福山雅治から是枝監督に「一緒にやろう」と言ってスタートしたらしい。この映画で、福山雅治の演技の幅がもう一回り大きくなったのは確実だと思う。父親になりきれない男が、逡巡や挫折を経て父親になるという説得力は、是枝監督の確かな演出力があってこそのものだと思う。この映画は、説明を大きく省略していて、例えば福山雅治側の父親の家庭のこととかは、観客にとっては推測するしかないような感じになっている。でも、それがストーリーを追う上での障害になっていないのは、1流の映画監督のなせる技なんだなと。


映画を観ていれば、誰もがリリー・フランキーの家庭に親しみを覚えると思う。リリー・フランキーの粗野ではあるけれども、裏表のない父親という役を、彼以外には出来ないレベルで演じていた。パンフレットでは福山雅治が「武道の達人のように、素人目では分からない細かい打撃を放っている(要約)」みたいなことを言っていて、確かに視線一つ笑顔一つに味があった。そのリリー・フランキーを尻に敷いている妻役の真木よう子も良かった。


でも、どうしても僕は福山雅治に感情移入してしまうんだよなぁ。あんなにイケメンでもエリートでも仕事一筋でもないけれども、ああいう生き方をしている男は沢山いると思う。そして、僕にはリリー・フランキーの要素よりも、福山雅治の要素のほうが多いはずだから、観ていて喉元をかきむしられる感じがした。だから、ラストの直前、カメラを持った福山雅治が履歴を観るシーンの破壊力は相当なものだった。あれ、福山雅治が息子に「カメラあげる」と言って断られたのは、息子が撮った写真を見てもらいたかったからなんだね〜。寝相ばっかりの写真だけれど、そこで福山雅治が父親になる名シーンだったと思う。


で、ラストの公園での会話も良かった。あの、別れた道が合流するところの演出とか、是枝監督の玄人芸に泣いた。


個人的には、連続テレビドラマで10話くらいかけて観ても面白かったと思う。語られない背景とか沢山あるので。特に、看護婦の動機や、看護婦の家庭についての描写。映画ではそこまで描くとゴチャゴチャになってしまうだろうから、あの程度でおさめたのは正解なんだろうけれども、もっと脇役の人たちのドラマも見てみたかった。樹木希林とか、井浦新とか。福山雅治の血の繋がった子との関係が、いきなり好転するのももう少し描きようがあったのでは……と思わないでもない。


最初から最後まで、緊張感のある内容でとても面白かった。パンフレットも読み応えあるし。パンフレットはやっぱり、解説文があるのとないのとではお得感が違うね。今作の場合、重松清井上由美子落合恵子の三人の解説が載っている。お得! そして、実は僕が本作で一番涙腺を刺激されたのは、上映前にこのパンフレットを読んでいたときでした。


今年の邦画を代表する1作になることは間違いない。観る人によっては生涯の傑作にもなりうる作品だと思う。