『ハッシュパピー バスタブ島の少女』

映画館で鑑賞。



【ストーリー】
今にも水に沈んでしまいそうなバスタブ島で暮らす少女ハッシュパピーの成長を描く。


【見所】
アメリカ南部のスラムで、ゴミ溜めのような環境でも、楽しく生きている人々の描写。
ハッシュパピーは超キュートだった。


【感想】
この映画は一言で言えば、
遠慮のない『よつばと!
だと思う。


もののけ姫』に出てきた乙事主のような怪物オーロックスと、少女ハッシュパピーが向かい合うキービジュアルからファンタジー要素満載の映画かと思ったら、意外にもというか、現実的な要素で構成された映画だった。ファンタジーといえば、アメリカ南部のバスタブ島のようなところで、あんな生活をしている人間が本当にいるのか? というリアリティ問題はあると思うんだけれど、そこはまぁ、ありそうでもあり、なさそうでもありという感じか。怪物オーロックスについては、ネタバレにもなるんだけれども、この映画だったらああいう処理でいいんじゃないかというレベル。そこがキモではない、という意味で。


というわけで、キービジュアルは宮崎駿アニメとの関連(影響?)を仄めかしていても、この映画は、まったく宮崎駿的ではない。また、「沈みゆく島」というと宮崎駿の得意とするイメージだけれど、宮崎駿だったらこの映画のバスタブ島が水に沈んだら「あ〜良かったね」で済ませると思う。衛生的には本当に最悪で、子供が生活するにはいかがなものかな環境だし、ホワイトトラッシュと黒人が酒飲んで生活するという「どうしようもない」感じが、宮崎駿アニメとは一線を画している。「少女」「巨大生物」「水没」のイメージは宮崎駿的ではあるので、それが頭にあると観ていて「あれ?」と思うはず。


ストーリーは、アメリカ南部のバスタブ島と父親という、少女ハッシュパピーの「世界」が崩壊する中で、どう生きるかが主題になっている。映画にはファンタジー要素はない一方で、ストーリーは神話性を全開にしている。最近観た映画で、ここまで神話性を全面に出した映画は『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』に匹敵する(宗教性は皆無だけれどね)。パンフレットによると監督は「おとぎ話にしたかった」と言っていて、そういう物語のプリミティブなところを指向しているのは明らかだと思う。


ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の感想。
http://d.hatena.ne.jp/asaikeniti/20120301#1330595703


「世界」が嵐によって水没するのはノアの大洪水だし、父親との関係は島田裕巳が『映画は父を殺すためにある: 通過儀礼という見方』で書いた「通過儀礼」を連想するし、終盤のハッシュパピーが海を渡る場面に到っては、あの世とこの世の往来のメタファーになっている。ハッシュパピーは母親を求めて「あの世」に行って、三途の川の渡し守に拾われて、母親から死後の世界の食べ物を得て、それを父親に与えることで完全に死んでしまう。「もさぼれ!」と野蛮な食べ物と食べ方を推奨していた父親が、鰐の唐揚げを食べて「美味い」と言うのも、死者が死者の食べ物を食べているから……と言える。


映画は父を殺すためにある―通過儀礼という見方 (ちくま文庫)

映画は父を殺すためにある―通過儀礼という見方 (ちくま文庫)


逆に、死後の世界から帰ったハッシュパピーは勇者になって、怪物オーロックスを退けるのだけれど、オーロックスがそのためだけの存在だったのが残念と言えば残念。最初から語られる存在ではあり、あれがメタファーであるのは明らかなのだけれど、どう考えても唐突なのは否めないんだよね。オーロックスについてはもっと現実のハッシュパピーとリンクした描き方をすれば良かったのにと思う。


監督は若干30歳のベン・ザイトリンという人で、長編映画監督デビューしたこの作品でいきなり各国の映画賞を軒並み受賞していったという才人。アニメーターや作曲家としても活躍しているらしい。両親が民俗学の仕事をしていたらしいので、この物語における神話性もなるほど、そういう資質があるからなのかと思った。この映画の登場人物もほとんど素人が演じているらしく、ハッシュパピーの父親役のドゥワイト・ヘンリーもパン屋のオーナーらしい。あんな鬼気迫る演技をしていたのに、職業役者でないことにビックリ。でも、役者陣で一番良かったのは、もちろんハッシュパピー役のクヮヴェンジャネ・ウォレス! 誰がどうみてもアメリカの(ちょっと知的な)小岩井よつば! ハリウッドの子役の層の厚さには定評があるけれども、本当に凄いと思う。


あと、パンフレットの表紙デザインが良かった。地図のデザインがオシャレ。中身は……もうちょっと詳しくてもよいのでは? インタビューやコラムなど内容は揃っているものの、分量的には今一歩なところがある。まあ、パンフレットってそんなものかもしれないが。それと、映画批評家による詳しい解説みたいなものがあれば、もっと内容に理解が進んで面白く感じられる映画だと思う。