文化に金を払う文化

僕は(今は)学芸員で、サブカル系の文化施設で働いているわけなのですが、ひしひしと感じることをツラツラ書いてみようと思います。


【文化に金を払う文化について】


地方で催事をするというのは、結構難しいと言われている。


なんでかというと『文化に金を払う文化がない』からだと説明される。15年〜10年くらい前に、博覧祭ブームがあって、日本全国でいろいろな博覧祭が開催されたけれども、そのほとんどが目標を下回る結果になっていたと思う。こういう「文化に金を払う文化がない」というのは一般的な皮膚感覚でもあって、たとえば美術館なんか年に1回も行かないし、場所も知らない、美術館や博物館が「常設展示」と「企画展示」に分かれていることすら知らないという人はざらにいる。文化施設に入るための入場料を、100円でも払うのが嫌で嫌でたまらない人もいる。ただ、そうは言っても僕が住んでいる地元でも、『祭り』や『花火大会』には相当な人出があるわけで、「文化に金を払う文化がない」とは一概に言い切れないのではないかと思うのだ。


東京の場合は、僕の住んでいる地方都市の13倍もの人口がある。この前、東京に行ってみて思ったのは、「文化に金を払う文化」が東京にはあるのではなくて、「文化に金を払う人」の層が分厚いのだということ。たぶん、「金を払わない層」が8割、「金を払う層」が2割だとしても、東京では280万人いて、僕の住んでいるところでは20万人しかいない。さらに、東京には「首都圏」があるので、他地域からの流入も見込まれる。僕が住んでいるところでは20万人のパイの食い合いになっている。というわけで、自治体としては魅力的なイベントや施設を作って、他地域からの集客を図りたいところなんだけれども、これが案外難しい。


最近のニュースでは、鳥取県の『国際マンガ博』が大コケしたというニュースがネットを賑わせた。

鳥取で開催中のまんが博が大コケ?
11月25日まで鳥取県で開催されている『国際まんが博』の終了を目前に控え、まとめサイトNAVERまとめ』の「税金10億投入した鳥取国際まんが博』の悲惨すぎる内容」というまとめ記事がツイッター上で大拡散。ツイッター上では、「国際まんが博」がHOTワードになっている。

国際まんが博』は、今年鳥取県を『まんが王国とっとり』としてPRするイベントで、8月4日から11月25日まで開催されている。水木しげる(『ゲゲゲの鬼太郎』)、青山剛昌(『名探偵コナン』)ら鳥取出身の漫画家やその作品を紹介する「とっとりまんがドリームワールド」や、今年はこれまで中国や韓国でも開催された「国際マンガサミット」が鳥取で行われたとあって、その関連イベントも鳥取、倉吉、米子で開催されるなど、盛り上がりを期待。日本のマンガ人気を見込み、来場目標者数を当初300万人に設定していた。

しかし、主催側の予想に反して悲しい報告がネット上に出回っている。まとめ記事では「目標300万人から→『目標を定めていない』に…」「応援ソングを募集したら1曲しか集まらなかった」「ボランティア目標500人!→希望者は14人」といった客観的事実や、ガラ空きの会場の画像などが紹介され話題に。これがツイッター上で一気に拡散し、IT評論家の佐々木俊尚氏が「なぜこんなことに……。」とツイートしたのを始め、まとめ記事のページから共有されたツイート数は、すでに7000件を超えており、まとめ記事のページビューも70万件を超えている。

http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/jikenbo_detail/?id=20121122-00026924-r25

鳥取県の『国際マンガ博』は、水木しげるロード名探偵コナンで知られる漫画王国鳥取の威信をかけたイベントだったけれども、かなり空回り気味なところが散見されるらしい。ただ、まとめサイトの写真などは、平日に撮影したもの(地方イベントに平日行くと普通ガラガラです。ディズニーランドじゃないんだから)かもしれないし、正直言えば「税金10億円投入して」という枕詞に、ちょっと悪意が感じられてどうかと思う。実際に僕の職場のボスが行った感想は、第一会場から第二会場へのアクセスが悪すぎる点や、鳥取県の人口が50万人しかいない点、それに鳥取県自体への交通の悪さなどがマイナスに働いているのは、確かだそうだが、イベントそのものの参加者は熱意をもって臨んでいるとのことだった。


僕はこういうニュースを観ると、「東京と地方は違う」ということを、(特に東京の人は)意識するべきでないかと思う。地方で文化的なイベントをする場合は、試行錯誤と前途多難の連続だし、東京に比べるとスキルを持った人間も組織も少ない。また、イベントをしたからといって、それが集客に結びつけるためには、一工夫も二工夫もいるのではないかと思う。


さて、魅力的なコンテンツをどう作るかについては色々と提言もなされていて、詳しい人には釈迦に説法なのかもしれないものの、百万人規模の人口の地方都市は(ポテンシャル的には)恵まれているほうで、十万人規模の地方都市になるとどうしても「観光客誘致」が必要になってくる。どちらがいいかというと、一概には語れないと思う。「観光客誘致」が絶対条件の地方都市の場合、最初からそのための戦略が採りやすい(話が通じやすい)という優位な点もある。僕が住んでいるところは百万人規模の地方都市なので、最初は市内の人々を集めることからはじめないといけないが、同時に観光客誘致も考えないといけないので、方向性が定まりにくく、マンパワー不足が露呈しやすくなるという欠点がある。これは痛し痒しなところで、上手く回転しはじめると加速度が増すけれども、動かなければぜんぜんダメという事態に陥りやすい。


一つ言えるのは、「地方だからと言ってセンスがないのはダメ」ということ。せめて、スターバックスかイオンと同等のセンスがある空間を作らないと、人々の足は向かないよね……というのは、誰の心に聞いてみても当然のことだと思う。これは当然のことのように思えるけれども、公立の博物館や美術館の場合、何にしても地元の業者に発注をしなければならないという足枷があるので、かなり難しいところでもある。あと、常に情報発信を。炎上マーケティングでもなんでもいいから、情報発信をしないと、存在すら忘れられる。ホームページがあるなら、ブログくらいは書いたほうがいいよ、というわけで。


【僕が思う、地方で文化を醸成をするには】
1.テレビの宣伝
今はもうSNS的なコマーシャルが全盛のように思われるけれども、地方に行けば行くほど「フェイスブックってどんな本?」みたいな人の割合が激増する。情報の仕入れ先がテレビであるという人は思った以上に多いし、宣伝をする場合はまずテレビCMを中心にしたほうがいいだろう。四方八方に手を伸ばすことができれば、それがベストであるとは思うけれども。
2.点より面
イベントというとどうしても点のイメージになるけれども、上記のように「博物館には行かない」けれども「お祭りには行く」人は多い。その違いは、博物館という点に比べて、お祭りは面で楽しむことができることにあると思う。面で文化的な要素を盛り上げることができれば、「文化に金を払う文化がない」と言われている地域でも、ちゃんと人は来るしお金を落としてくれる。例えば、僕の住んでいるところでは今年「B−1グランプリ」があったけれども、開催される前は本当に50万人も来るのか不安だったものの、蓋を開けてみれば、それ以上の人手があった。点よりも面を重視すべきなのに、点の施設を多く作ってしまうのは、多くの箱物や文化拠点と言われるモノに共通の問題だと思う。
ただ、例えば博物館や美術館をひとまとめに作ればいいのかというと、そういうわけではなくて、休憩できるレストランや喫茶店、賑やかなショップなどの「ここに来たいと思わせる空間」を作ることが重要だろう。箱物になると、どうしても閉じたイメージになってしまうので、それをどう解放的にするかも、集客を考える上で必要になってくると思う。
3.継続性
サブカル学芸員をしていると、サブカル文化施設に対する期待はひしひしと感じられるわけだけれども、例えば周囲の「これを作れば秋葉原みたいなものがオラが市にも!」みたいな安直な考えや、「これを作ればオラが市にもコミケが!」みたいな安直な考えにも、ちょっと待てと言いたくなる。やはりそうしたいのであれば継続性を大事にしてほしいと思う。コミケだって一夜で50万人が来るイベントになったわけではなく、最初は3000人くらいの規模の同人即売会でしかなかった。それが同好の士の熱意によって、ここまで発展したわけで、こういう継続性をどこまで我慢して持ち続けることができるかが、イベントをする上で重要になってくると思う。
4.平日を捨てる
地方の人間は平日は働いているので、勝負をするなら土日祝日です。平日は学生や社会科見学などの誘致に力をいれるべき。あと、コンテンツの練り上げをしたり、日常業務をしたりと、平日のマンパワーは組織が円滑に進むためを第一に考えたほうがいいかと。
5.自前のコンテンツを作るべき
借り物のコンテンツばかりに頼っていては、いつか飽きられるし、借り物ならではの「ままならなさ」もついてまわる。そう考えて、早い段階から自前のコンテンツを作っていくことに着手するべきだと思う。これはかなりマンパワーと、モチベーションと、運が要求されるけれども、もし成功すると実入りは大きいはず。
6.風はいつ吹くか分からない
だいたい、風は吹かないまま終わってしまうものですが、それでも風が吹くことを願いながら、日々頑張るべきだと思います。

つまり、何事も地道な努力と我慢が必要だ、というわけなのです。