『おおかみこどもの雨と雪』

映画館で鑑賞。



【ストーリー】
狼男との子供を産んだ女性が、巣立ちの日を迎えるまで育て上げる。
第一幕:オープニング〜おおかみおとこが死ぬまで
第二幕:都会での子育てに限界を感じる〜大雨の警報が出る
第三幕:雨がいなくなる〜ラストまで


【見所】
表現のギリギリのところを踏み込む監督の才覚。恋愛映画から子育て映画になって、そこから子離れ映画になるという、一粒で三度美味しいこのお得感。


【感想】
素晴らしかった!


物語は母親の花とおおかみおとこの出会いから、雪が中学校に入学するまでの12年を、雪のモノローグで描いたものになっている。12年という長さを描くにはモノローグという手法はとても適していて、これによって大胆な省略や物語の展開を可能にしている。手際の良さが光るのは、時々セリフのないシーンの連続で「色々なことがありました」を表現しているということ。これは、多分、雪が語り手として語り得ないところを表現していて、序盤の妊娠中のところから本当にストーリーテリングしているなぁと思った。


グッときたシーンは、狼男状態のおおかみおとこ(まぎらわしい)と一緒にベットインするところ。これ、描くのは相当に勇気が行ったと思うんだよねぇ。そのあとの、妊娠して産婦人科を前に後ずさるところとか。


でも、このシーンはラスト近くの雪が草平に正体を明かす場面の鏡になっていると思う。この映画の一番の号泣ポイントの、雪が人間の道を選ぶときのカーテンの揺らめきは、ベタと言えばベタだけれど、本当に演出が上手い。この映画は、予告編を観たときの穿った見方(ケモナーとか、異種姦とか)を思った以上にそのまま描いていて、そのまま描いていることが逆に現実に当て嵌めたときのリアルに繋がっているのかなと思った。


ちなみに、雨が野性に還ったことの対比で言えば、雪はあの夜の教室で草平とセックスしたのは確実。息子は家を出て、娘は女になったという。そういう意味でもファミリー向けではないし、海外の(特にアメリカ)市場は捨てているという作家細田守の意気込みも感じた。


演出といえば、序盤に花が仕事をしたり買い物をしているときに、ふと目を上げるところとか、とても印象深いシーンになっていた。リアルさが本当にリアル。しかも、今回は実写的な絵もあるわけで尚のことだった。農村の人たちが、そこそこの距離感で花たちを迎えて、それから仲良くなるという展開も上手い。子育て映画といえば最近見た映画では『八日目の蝉』なんかがそうだけれど、正直、何から何まで実写映画を打ち負かしている上手さがあると思う。


でも、雨の描き方はどうかなーと思った。細田守監督って、影のある美少年(男)の描き方ってそんなに上手くないような気がする。この映画は雨が食事をするシーンってほとんど描かれてなくて、吐いているシーンのほうが多いかもしれない。フード理論的な「怪しい人間は食事をしない」理論に則っているとは思うけれども、雨が野生に目覚めるところでこそ、血肉を啜るような描写が必要だったのでは?あと、先生との出会いのシーンがないのも「いいのかな?」と思った。


フード理論的に言えば、人間の食べ物をばくばく食べる雪が、人間の世界を選び、人間の食べ物が受け付けられな雨が、野生の世界に戻る……というのは興味深い。ちゃんと、作り手が意識的に演出している証拠だ。


花と雪の描き方、脇役の農村の人たちの描き方はパーフェクトに近いと思う。謎めいた存在であるおおかみおとこも、引越し業者のシーンや食事のシーンで、それを感じさせないキャラクターになっていたし、雪の野生が社会性に移り変わるところとか、花の生きている感はさすがの一言だと思う。そう考えると、『時をかける少女』『サマーウォーズ』で描かれていた、「ポジティブな女性に引っ張られる謎めいた男」という図式が機能していると、謎めいた男の魅力が出てくるのだけれど、今回は子離れの話に集約されていくので、謎めいた男がそのまま去ってしまうという、ちょっともったいないところがあるなと。


ただ、それは小っちゃいことだ!と。物凄く良い作品だったし、映画館から出たときの気分の高揚は、今年一番かもしれない。この夏、必見の映画だと思う。