『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2012/02/03
- メディア: DVD
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世界中で活躍する現代アートの芸術家と、彼らをカメラに収める素人ティエリーさんが巻き起こす、現代アートの光と影を鮮やかに描き出す。監督は当代一流の現代アート作家バンクシー。アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた問題作。
この映画は、現代アートを知らない人にとっては、「あー、大衆というのは本当にいいかげんだなぁ」と感想を持つのでしょうが、個人的に小説を書いたりしているので、身も蓋もないかたちで参考になる部分がたくさんあった。この映画は、要するに「最高に効率的な就職活動」を描いた作品だと思う。しかも、アートという、誰がどうやれば芸術家になれるのかよくわからない世界においての、という面で画期的。何かコンクールに入賞するとか、警察に捕まる危険を冒しながら活動を続けるとか、パレスチナで撃たれる危険を冒しながらアートをするとか、そういうのをすっ飛ばして芸術家になったティエリーさんを見て、僕は「やっぱりこうするべきなんだよね」と確信した。
【見所】
- 娘と一緒に風呂に入ってるティエリーさん
なんか、アメリカでは父親と子供が一緒にお風呂に入ると逮捕される、という話があるけれども、ティエリーさん入ってるじゃねーか! といきなり驚いてしまった。まあ、ティエリーさんだからかもしれないけれど。
- 外国のムーブメントをパクる力士シール
もちろん映画では描かれていないけれども、アンドレ・ザ・ジャイアントのシールを貼りまくるobeyを見て、あーこれが力士シールの元ネタなのかと膝を叩いた。obeyは数は力だ方式でシールを貼りまくって、やがてオバマの肖像画を作ることで一気にスターダムに上がった「本物」だけれど、力士シールの人はobeyなのかティエリーなのか。
- 天才バンクシー!
バンクシー、芸術家としてすごいです。この人はまさに天才。現代アートという不可解な世界で誰にでもわかる才気には、一見の価値があると思う。あと、バンクシーがドッキリをしかけるディズニーランドが悪の帝国のように見えた。
- 『ライフ・リモートコントロール』
現代アート作家たちの中で映像作家と思われていたティエリーさんが作った、恐るべき現代アート映画。これを最初から最後まで見たら、貞子が出てこないにしても、たぶん死ぬと思う。誰が見てもひどい。アメリカ軍はアルカイダへの拷問に使うべき。
- もう一人の天才ティエリーこと、MBW
ど素人のティエリーさんが、バンクシーに影響されて何の価値もないアートで大成功を収めるさまは痛快すぎる。MBW(ミスターブレインウォッシュ)の作品は徹頭徹尾「現代アートのパクリパート」なんだけれど、それがために現代アートのイメージに合致して成功するのはすごい。バンクシーの個展と比較すれば、そのクォリティの差は一目瞭然なのだけれど、なかなか見逃すことのできない部分もあると思う。
MBWは近代以前の芸術家の姿に近いような気がする。近代以前の芸術家は王侯貴族の援助を得て絵画や彫刻を制作したけれども、近代以降(というより二十世紀)の芸術家にはパトロンはいなくて、大衆との支持を集めることで芸術家として大成できるようになった。なので、このアートの世界は果てしない実力が問われる競争社会なのだけれど、ティエリーさんのしていることは、そこに再び近代以前の芸術家のありかたを持ち込んだのだと思う。図らずも。
つまり、「現代アート作家がパトロンになった現代アート作家」という立ち位置にMBWは立つことができた。全てが細分化されて、権威も存在せず、良いものと悪いものの差が紙一重になった現在だからこそ、突き抜けた存在の支持さえあれば十分評価される。そういう混沌が描かれている映画ではないかと。でも、現代アートだと「なんだかなー」なのだけれど、実生活ではこういうことってむしろ推奨されている。うまい方法を優先させない奴は「馬鹿」であるという姿勢は、今の就職活動からの大人の世界に広がっていると思う。
ティエリーさんが古着屋としては普通に成功している人間というのも、何かを暗示しているようだ。ティエリーさんは馬鹿なんだけれど、大人の作法には長けていて、だからこそ無邪気な現代アート作家を(図らずも)手玉に取れるのだと思った。
結論『力士シールを貼るよりも、人付き合いを優先させたほうが芸術家を名乗れるよね』