『レッドクリフ』

侠気を撮影させたら右に出る者はいないと評判のジョン・ウー監督も、三国志を題材にするのはちょっと難しかったのではないかとパート1を見たとき思った。でも、それはジョン・ウー監督の壮大なブラフだったのだ。パート2では「それはない」と誰もが思ったであろうパート1のラストの中華サッカーにはじまり、赤壁の戦いのお約束を大胆にスルーすることで、ある意味別種の三国志演義に仕上がっている。
しかし、レッドクリフの終着点は曹操軍100万人の派手な爆殺火計にあるわけだし、その手前の孔明曹操軍の弓矢を10万本集めるところとか、蔡瑁が謀殺させられるところとかは踏襲しているので途中までは「赤壁の戦い」として見ることができる。でも、火計の後に映画はいきなり赤壁の戦いから上海事変へと話が変わっていくのだった(というのは嘘だけれど、肉弾突撃をする呉軍と必至に防戦する魏軍の構図がそう思わせた。中村獅童も爆弾もって特攻するし)。逃げない曹操とどこまでも攻め込む劉備孫権連合軍という展開に、どう映画としての決着をつけるのかドキドキしたけれども、そこは監督の手腕で丸く収めた。でも、この後の展開を考えると、どうなんだろうという疑問ばかりが浮かぶのですけれどね。

【登場人物】
諸葛亮:見せ場は十万本の矢を集めるところ。でも、曹操軍百万に対して十万本では絶対的に足らないのではないかと思ったりもする。東南の風については神通力で起こすのではなくて、畑仕事の知識からそういうことがあるというのを披露した。天才軍師なんだか、ただの物知りなのか分からないところが映画的にはマイナスになっているような気がする。ジョン・ウーならやってくれると誰もが思っていた二丁連弩も出なくて残念。
周瑜レッドクリフの主役。見せ場はみんなから分けてもらった団子を頬張るところ。「奇策は使わない」的なことを言っておきながら蔡瑁が謀殺したり、何の前触れもなく趙雲と仲良くなったりと、意外に良く分からない人。曹操を生かしておく理由も正直なところ分からないし、水上戦がなかったので、水軍の将としての力量も今ひとつ不明だ。
小喬:超美人。時間稼ぎのために曹操の元へ行くなど、アクティブな面が目立つ。曹操のコスプレ姫とのバトルがあるのかと思ったら、小汚いおっさんに命を狙われるだけだった。
孫権:いいお兄ちゃんになった。でも、そこで曹操は殺すだろう普通。
孫尚香:魏軍に単身乗り込み偵察を行う。そのときに魏のサッカー選手と仲良くなって、色々と便宜を図ってもらう。ラストは悲しい別れになってしまうが、これから劉備との関係を思うと、どうやって立ち直るんだろうかと心配になってくる。
曹操:そこそこカリスマっぽい描写もあるものの、やってることといえばサッカー観戦と酒宴と戦場視察くらい。旧日本軍もビックリな細菌戦を仕掛けるなどの小技が冴えるが、100万の力で呉軍を押しつぶすような用兵が見られなかったのは残念。
劉備:団子を作る人。腹芸が得意だが、見せ場を作るのは苦手。劉備がただのオッサンにしか見えないのは問題だし、孫香尚との絡みはもっと増やすべきではなかっただろうか。
張飛:不死身。だけど見せ場がなさすぎ。
関羽赤壁の戦いのラストは関羽曹操を助けるのが定石なのに、ジョン・ウーはそれを華麗にスルー。関羽曹操の関係とかはレッドクリフでは一つも語られることがないので、それは仕方がないのかもしれないが、それにしても見せ場がなさすぎ。
趙雲:戦場で周瑜と仲良くなる。小喬を助けるのが見せ場だが、キャラクター的にはいてもいなくてもいいと思う。
甘興:展開が赤壁の戦いから上海事変になると、中村獅童は「よっしゃ硫黄島の汚名を晴らすとき」と考えたのか、大きな爆弾を抱えて敵陣に突っ込んでいきましたとさ。
黄蓋:苦肉の策を提案しましたが、「いきなり何を言っちゃってるの」と周瑜が思ったかどうかはともかく、唐突すぎて却下を食らう。中国の北大路欣也
魯粛:案山子に語りかけるのが見せ場。


【総評】
ジョン・ウーは男を描くのが上手いが、敵を描くのが下手。
というわけで、曹操軍にキーパーソンを二人くらい入れておけば、もっと面白くなったと思います。映画での曹操は、指揮官としては有能ですが、将軍として一騎当千の実力があるような描かれかたはされていません。さらに、諸葛亮周瑜に策で踊らされ、小喬には茶飲み話で踊らされと、どうにも小物感が漂います。中国人にとって曹操のイメージというのはそういう感じなのかもしれませんが、魏軍にも関羽張飛に匹敵する武将や、周瑜の計略を見抜く謀臣がいても良かったのでは……と思うのです。とにかく、魏軍は曹操以外のキャラの違いが分からない。ビジュアル的に目立つ格好をさせた許チョとか賈クとかを出せば、もっと戦争ものとしての深みが出てきたのではないだろうか。
中華サッカーとか、孫尚香とサッカー選手の触れ合いとか、周瑜剣舞とかに時間を割くくらいなら、水上戦を一つ入れるべきだった。パート1で陸戦で勝利した劉備軍と呉軍が、水上戦でも勝利を得ようとして船を出すものの、序盤は巧みな操船術で優勢だったが、数に勝る魏軍の物量作戦に圧されて敗北。そのまま両岸で睨み会うという展開があれば、その後の謀略戦や火計にも説得力が増しただろう。